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飲食をするお店の事を、飲食店というよりも「食堂」と呼ぶ方が多いようですが、なぜ「食店」とはいわないのでしょうか。
堂の字のつくところといえば、本堂、観音堂、薬師堂、阿弥陀堂、坐禅堂というように、すべて仏教寺院に限られています。とすると、食堂も寺院に関係があるのでしょうか。
その通りです。仏教では「食堂(じきどう)」と呼びます。禅宗では、坐禅堂がそのまま食堂(じきどう)で、これは今も変わりません。食事だけでなく、就寝もここで行われます。ということは、食堂も列記とした修行道場なのです。それは、東司(とうす)(トイレ)も、浴司(よくす)(風呂)も同じです。
食堂(じきどう)での食事は、食事作法を行じつついただくことにより、食物への感謝と、食事を通して自己を磨くのが目的で、だからこそ「堂」の字がついているのです。
そこで禅宗における食事ですが、まず食前に「五観の偈(げ)」(五カ条の食事訓)を唱和しますが、その一番目に「功は多少をはかり、彼(か)の来処(らいしょ)をはかる」とあります。つまり、食物が口に入るまでは、太陽・水・土・空気など、天地自然界の恩恵を幾多の人々の苦労があり、その恩恵に感謝しようという意味です。
二番目に「己が徳行の全欠(ぜんけつ)をはかって・・・」とあり、私は、この食事を頂くに値するだけの働きをしたか、食べる資格があるかと、厳しく自己に問い、反省したうえで箸をとるのです。
また、食事中は、一切の会話を禁じ、心から賞味しつつ頂くわけで、だからこそ修行としての食べ方なのです。
それにしても、飲食店を「食堂(しょくどう)」と呼ぶ以上は、食事を修養の一つとして、重視している為なのでしょうか。
箸とらば 天地自然の 恩を知れ われ一力で 食うと思うな
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